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UPDATE: 2016年10月02日

MARKAWARE 石川俊介 INTERVIEW 2016FW PART2

 

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ブランド立ち上げ前から立ち上げた後の話

 

中目黒にあるマーカウェア / マーカ / ユーティリティガーメンツのフラッグショップPARKING。前回、中目黒駅からこのPARKINGへの道のりを特集しましたが、今回はその本編となるPARKINGの取材です。2017SS展示会直前のこの時期、デザイナーもメーカーも大変お忙しい中、ES-WEBの取材にご協力いただきました。
雑誌への露出も少ないデザイナーの生の言葉が聞ける貴重な特集です。2017SSのヒントになる言葉もチラホラ。モノ作りへの飽くなき追求をしていくこのメーカーだからこそのこだわりが詰まったインタビューです。
第二弾はマーカをスタートする前に何をしてきたか、そしてマーカ誕生までを語ります。

 
 
 

PART1はこちら

 

PART3はこちら

 

PART4(最終回)はこちら

 
 
 
 
 

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マーカウェアのジャングルファティーグシリーズ。戦争を背景にしたその時代の大量生産を敢えて再現したり、反面優れた縫製技術でしっかりとした服作りをしたり、こだわりは圧巻。

 

マーカを始める前の仕事

 

石川「当時って…お店ってもっといい加減で、並行輸入ものいっぱい扱っていたり、そんな時代で。上の世代の人達が古着をアメリカに買い付けに行って日本で売るっていうのに憧れて。大学の3年生くらいかな…僕らも始めたいと思った頃には『古着は良いものがない』って言われていた時代なんですよ」

 

ーー「はあぁ」

 

石川「アメリカで良い古着は全部買いつけられて日本にあるって言われていて、今から古着買おうと思ってもモノが無い時代だったんで、僕らが最終的にやったのはスニーカー。友達とスニーカーを探し始めたんですよ、デッドストックの。ちょうどナイキエアジョーダンの4から5が出る頃のタイミングだったんですけど、そのタイミングで1とかのデッドストックを探し始めて。最初は国内を回っていてそ『古い在庫全部買うんで倉庫見せてください』って言って。ある程度周ってアメリカに行くんですけど、初めて言ったのはロサンゼルス。友達が留学していたんで行って。で、完全にアメリカに感化されて(笑)」

 

ーー(笑)

 

石川「大学を一年間休学してアメリカに行ったんですね。その時ボストンに行ったんですけど、当時ポパイとか色々雑誌を読んでいて、アメリカ一番おしゃれなセレクトショップっていうのがボストンにあったんですよ」

 

ーー「今はもう無いんですか?」

 

石川「今ね、港の方に移転して変な店になっちゃった」

 

ーー(笑)

 

石川「ちょうどアウトレットがいっぱいでき始めていて、でアウトレットの最初っていうのはメイン州のフリーポートっていうところで、L.L.ビーン※の本拠地なんですけど、ボストンからだったら車で動けると。ニューハンプシャー州とかメイン州とかにアウトレットがいっぱいできてそういう所にラルフローレン※とかが入っているんでそれを買って日本に送ろうと。友達がお店を作ったんでそこにモノを送っていて、ついでにスニーカーも探し回せるし、ニューヨークまでも車で行けるし、勉強も親の手前真面目にしたくて」

 

※L.L.ビーン…ビーンブーツでお馴染みのブーツ及びアウトドア用品ブランド。トートバッグも人気。
※ラルフローレン…アメリカのファッションブランド及びデザイナー。アメリカントラディショナルの代表格。ポニーのシンボルマークが有名で、偽物や類似品が数多く存在する。

 

ーー(笑)

 

石川「ボストンに1年間いたんですね。スニーカーを車で探しまわって」

 

ーー「そこから、普通に就職はするんですよね」

 

石川「そうなんですよ。それで、大学を卒業するタイミングで、本当はアメリカに行きたかったんですけど、親も『もう一回勉強するなんて勘弁してくれ』っていう話だったんで、就職しなくちゃいけなくなった。僕の中では、どこかでお店をやりたいと思っていたんですね」

 

ーー「洋服のお店を?」

 

石川「そうです。ただ、親の手前、学校も行かせてもらい、留学もさせてもらい、すぐ店やりたいってわけにも行かないし、何やろうかと思った時に、コンサルティング会社に入ったんです。流通業が得意な」

 

ーー「はあぁ」

 

石川「当時その会社は上場もしていたし、親も安心してくれるし勉強もできるだろうと。そこで5年働いて…じゃあもうそろそろいいかと思って辞めて、一旦、実家の建設業を手伝って、その間お店の準備して。その時にたまたまなんですけど、先輩の一人が東京にいて、その奥さんがカルバンクライン※かどこかのデザイナーをやっていて。その方が自分でブランドを立ち上げるから経営面で手伝ってくれる人を探しているっていうから、僕を呼んでくれて。で、東京に来たんですよ」

 

※カルバンクライン…アメリカのファッションブランド及びデザイナー。特にアンダーウェアと香水が有名。

 

ーー「それが30歳の頃ですか?」

 

石川「はい。先輩の奥さんの手伝いで。ブランドを立ち上げて軌道に乗るまでは時間がかかるから、それまで先輩が働いていたメディアファクトリー※っていう会社…」

 

※メディアファクトリー…株式会社KADOKAWAのブランド。書籍、アニメ、カードゲーム、ゲームソフトなどを製作している。

 

ーー「あーはいはいはい」

 

石川「お金がある会社で先輩がそこにいたんで、ここに入って給料を稼いでくれと(笑)」

 

ーー「そこ(そっちの経験値)もあるんですね(笑)」

 

石川「はい(笑)そしたら…そしたら、奥さんが妊娠しちゃったんですよ。デザイナーが。妊娠しちゃったら『子育てするから仕事するの嫌だ』って言い出して…でオマケに先輩とも人間関係がぎくしゃくしちゃって、そこから離れることになったんです。何も動かないうちに」

 

ーー「ブランド自体がスタートしないまま」

 

石川「一回か二回展示会やって終わっちゃったんですよ」

 

ーー「そうなんですか…」

 

石川「もうメディアファクトリーにいてもしようがないし…入って1〜2年だったんですけど、業績がちょっと傾いて早期退職制度があると。今辞めたら100万円渡しますよと」

 

ーー「良いっすね(笑)」

 

石川「メチャメチャ良いでしょ(笑)で、手を挙げてそのお金と集めたお金で、最初は知り合いとと2人で会社を始めたんですね。ブランドをやろうと、いきなり始めたんですよ」

 

ーー「それがマーカですか?」

 

石川「名前2シーズン目からマーカになったんですけど…前の名前は恥ずかしくて言いたくないですけど(笑)」

 

ーー(笑)

 

石川「周りでブランドやっている人もいて、リップヴァンウィンクル※とか」

 

※リップヴァンウィンクル…1997年設立の日本のファッションブランド。設立者は大野雅央氏、白谷直樹氏。素材とカッティングにこだわりをもちデザインを仕上げていく。敢えてブランドコンセプトは設けていない。

 

ーー「はいはい」

 

石川「リップヴァンウィンクルの大野さんは仲良くて、相談して。『レディースやるんだったら協力できるからやったら』って話になって。大阪の仲良い友達のセンスが良かったから『デザイナーとまでは行かないけど企画するから』って言って最初はレディースでスタートしたんですね」

 

ーー「あぁ、レディースからスタートして。それが何年頃の…?」

 

石川「それが2001年です。15年前です」

 

ーー「(マーカ設立)15周年ですね」

 
 
 

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写真はマーカの洋服。代表作にジョンレノンが着用していたミリタリーシャツを忠実に再現した通称『ジョンレノンシャツ』がある。ネイティブアメリカンの袖パッチがそれ。

 

日本製にこだわるマーカがスタート

 

石川「そうですね!2シーズン目からマーカになるんですけどまあ苦戦して。マニアックな人はついてくるんですけど、売上作るにはしんどくて。3、4シーズン目にメンズサイズを作ることになったんですよ。そしたらそれがちょっと評判良くて色々あちこち決まって、そっからメンズブランドにだんだんなっていったんですよね。実際スタートしたら凄く面白くて、当時から吊り編み機のカットソー作ったりしていたんですけど、そういうのが凄く楽しくて、どんどんモノ作りの方向に」

 

ーー「もともとメイド・イン・ジャパンというのは掲げていたんですか?」

 

石川「最初から掲げていました。というのも日本の生産がどんどんダメになっていっていると」

 

ーー「当時から言われていたんですか?」

 

石川「そうなんですよ。当時、中国にモノ作りを動かしていっているタイミングで、日本のモノ作りが大変になっていくと。10年後には日本じゃモノ作りができないかもしれないと言われていて。絶対に日本でモノ作りをやっていこうと思ってメイド・イン・ジャパンを掲げて。タグも途中から日の丸に変えて」

 

ーー「もともとアメカジが好きでいらっしゃったってことは…今で言えばエンジニアードガーメンツ※などがそうですがメイド・イン・USAは考えなかったんですか?」

 

※エンジニアードガーメンツ…セレクトショップ『ネペンテス』がプロデュースするオリジナルブランド。古き好きアメリカのワークウェアやアメリカントラディショナルをベースに、ニューヨークで企画・生産を一貫している。デザイナーは鈴木大器氏。

 

石川「えーと…一番最初は全く生産背景がアメリカなんかは尚更分からなかったですし考えなかったですね。実際日本でしかできないことっていっぱいあるし、日本には小さい縫製工場がいっぱいあるし、生地から何からゼロから全部作る環境が整っていることが凄く良く分かって。これはもう日本で全部モノ作りしたいと思ったんですね。原料は輸入品にしろ、糸を作るところから製品加工するところまで全部揃っている。で、職人さんと話すと面白いですし。15年前(2001年)にメイド・イン・ジャパンを掲げるブランドは僕は知らなかったですし、逆にそれは売りになると」

 

ーー「それはやっぱり目論見としてあったわけですか?」

 

石川「ありました、ありました。メイド・イン・ジャパンで推していくことが、今後価値を持つだろうと思いがあったんで」

 
 
 

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マーカのブランドタグは『メイド・イン・ジャパン』を誇りにした日の丸。ブランド名の下に『SUPERIOR MEN’S GARMENTS(上質な男性服)』と記載がある。

 

アメカジは茶の湯

 

ーー「ブランドを始める前に洋服に凄くお金をかけていたとのことですが、どんなものを買っていたんですか?」

 

石川「色々です。スーツを着ないといけない仕事っだったんで、スーツにお金をかけていましたね。クラシコイタリア※も買ってましたし」

 

※クラシコイタリア…『イタリアンクラシック』のこと。また協会名。上質なイタリア製スーツやアクセサリーに身を包むスタイルのこと。協会に所属しているメーカーも指す。

 

ーー「その時にはメイド・イン・ジャパンのものは」

 

石川「全然、その頃は全くです。やっぱりアメリカものヨーロッパものが最高だったんで(笑)ちょうど世の中にクラシコイタリアが入り始めた頃だったんで買っていましたし、アメリカもの、古着…スーツはイタリア製。イタリアものといってもオーセンティックなものだけじゃ面白くないんで、90年代後半は…ああ…名前をど忘れした…なんだっけ?リフト※とかで売ってた、イタリアのブランドでさ」

 

※リフト…代官山のセレクトショップ。主に海外のブランドを中心にモード寄りのセレクトをしている。

 

庄司「CCP」

 

石川「あ、キャロルクリスチャンポエル※」

 

※キャロルクリスチャンポエル…イタリアのファッションブランド及びデザイナー。テーラーだった父の影響から、テーラードを基本とした洋服作りを行う。

 

ーー「あぁ、あぁ」

 

石川「キャロルクリスチャンポエルのスーツ着て仕事していたりとかしてましたね(笑)」

 

ーー「日本製のものでこれ凄いなって思ったものはなかったんですか?」

 

石川「その話で行くと、洋服はヨーロッパとアメリカのものにしか憧れがなかったんですけど、ボストンに行った時にボストン美術館に行ったんですね。ボストン美術館って日本コレクションが凄く充実しているんですよ。というのも、岡倉天心※がボストン美術館のコレクションに参加しているんですね」

 

※岡倉天心…1800年代の思想家、文人。1903年にボストン美術館へ招聘を受けた。インタビュー中に出てきた『茶の本』の他、『東洋の理想』『日本の覚醒』などがある。

 

ーー「へええぇ」

 

石川「水曜日無料でよく行っていたんですよ。なんでよく行っていたかっていうと、仏像が並べてあるコレクションがあってズラーっと並べてあるのを観て衝撃を受けて。メチャメチャカッコいいと思ったんですよ。20か21歳くらいの時」

 

ーー「だいぶ若い頃ですね」

 

石川「そうなんですよ。それで日本文化に凄く興味をもつようになって」

 

ーー「アメリカで逆に」

 

石川「そうなんですよ。岡倉天心って誰だってところから。一番有名な仕事としては『茶の本(Book of Tea)』っていう本があるんですけど、茶の湯を海外に紹介した人なんですね。でも誰も茶の湯の世界とか仏像を共有できる人がいなかったんで」

 

ーー(笑)

 

石川「一人で別冊太陽※とかで」

 

※別冊太陽…平凡社発行。毎号一つのテーマを深く掘り下げる本格的グラフィクマガジン。主に美術・歴史・趣味・生活などをテーマとしている。

 

ーー「黙々と(笑)」

 

石川「黙々と調べたりとか、一人で観に行ったりとかしていたんですね。日本文化はそういう方向で興味があって、である時気づいたのが、『アメカジって茶の湯だ』って気づいたんです」

 

ーー「へえぇ」

 

石川「僕の先輩…それこそエンジニアードガーメンツの鈴木大器さんとか、エヴィスジーンズ※の山根さんとか、フルカウント※の辻田くんとか。山根さんや辻田くんはラピーヌ※から出てきているんですけど」

 

※エヴィスジーンズ…バックポケットの『カモメマーク』と呼ばれるペンキプリントがアイコンのデニムブランド。旧式の力織機でおられる高品質なデニムは、日本のデニムブランドのパイオニアであり世界的にも評価が高い。

※フルカウント…『家に帰っても寝るまで脱ぎたくないジーンズ』をコンセプトに立ち上げたデニムブランド。創業者の辻田氏はラピーヌ出身でエヴィスジーンズを経てフルカウントを立ち上げた。

※ラピーヌ…大阪の老舗古着屋。1980年代からオリジナルデニムを展開し評判を得る。エヴィスジーンズの山根氏やフルカウントの辻田氏が在籍していたことでも知られる。

 

ーー「はい」

 

石川「モノ作りをやってきたわけじゃないですか。日本で昔のアメリカのジーンズを作るって流れがあったんですね。僕にとってもを作るっていうのは自然でした。逆に言えば海外では作れないものだったんで、自然な流れだったんです。茶の湯がアメカジに通じる理由は、例えばワビサビっていう精神があって、ちょっとワビたものサビたものを愛して。本当にもう…生活の中にある『雑器』と呼ばれるような、当時朝鮮からものが入ってきていた普通に使われていたお茶碗なんかを芸術作品として捉えて国宝になるくらいになるもの。ジーパンと全く一緒だなと」

 

ーー「おぉ!」

 

石川「アメリカのジーパンって、アメリカ人が別に何も考えずにあのインディゴの美しさだったり、穿き込まれたものの美しさを見出したっていうのは日本人のメンタリティと全く繋がっているもので」

 

ーー「言われてみると確かに共通点がありますね」

 

石川「そうなんですよ。凄く共通点が多くて。それが逆に世界中に影響を与えていて。全く一緒なんですよね。それでアメカジベースのものが好きだった、プラス、日本のモノ作りっていうのを含めて同じことなのかなと」

 
 
 
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スタッフの私物のマーカウェアのジーンズ。インディゴではなくブラックデニム。穿き込まれたことで色の抜けやジーンズ特有のシワの色落ち、アタリなどエイジングが発生している。金属部分には敢えてサビの出る鉄を本物同様に採用しているので朽ちていく様も再現できる。2016FWではマーカウェアのジーンズはこちらマーカのジーンズはこちらのものが色落ちを楽しめる。

 

ーー「面白い話ですね。石川さんのもともとのルーツは全然違っていたのに」

 

石川「そうですね。日本のファッションも同じような役割があるのかなと。日本で作るアメカジ的なものを世界の人達が見てくれて、日本のジーパンが欲しいと思ってくれれたらまさしく同じ流れだなと思っていますね。そういう文脈の中に『モノ作り』はあるんじゃないかと思っています」

 
 
 
 
 

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